2007年 6月11日 16日目 オスロ観光1日目

オスロ到着

 目覚ましで目が覚めると5時30分で列車はオスロに向かって順調に走行中だ。
 ぐっすり眠っており、途中は全く目が覚めなかった。
  オスロ到着は6時30分のため、まだ多少は時間があるので身支度を整えたらあとは到着まで車窓を眺めて過ごす。

 オスロには定刻通り到着し、途中での機関車交換もなくRc6型の重連がそのままストックホルムから通してで運転してきたようだ。
 昨日のTVクルーは到着時の様子を撮影しており軽く会釈して別れるが、またどこかで見かけるかもしれない。

 列車を後にしてコンコースに上がるが、朝食にするにしても両替が必要だ。
 表示が出ているので奥に進むがまだ開いていないようだ。
 しばらく待つことになるのかと危惧したが、もともとスウェーデンクローネからの両替分だけでは全く足りないので、構内のATMでキャッシングして現金を確保する。
 構内にはコンビニがあり、パンとコーヒーのセットが手頃な値段なから、それを朝食とする。
 構内のベンチで食事をすますと、とりあえず荷物をロッカーに預ける必要があることから、駅の1階に向かうと別の利用替屋が開いていた。
 ロッカーに荷物を預けてから両替すれば、余っていたスウェーデンクローネも無事捌けた。


オスロ観光

 荷物を預け身軽になったことだし、早速観光と言ってもまだ8時前で出勤ラッシュにもなっていない。
 とりあえず駅前のトラフィカルテンに向かい、オスロ・パスの48時間券を購入。
 また明日の夜行でベルゲンに向かうので、オスロ滞在中はこのパスで全て用は足りるだろう。
 パスも手に入り早速観光と行きたいところだが、ほとんどの施設は10時からのため、まだどこも見ることが出来ない。
 とりあえず作戦としては、博物館が集まるビィグドイ地区と、そこへのフェリー乗り場となる市庁舎周辺は今日観光することにして、ムンクの叫びがある国立博物館などは明日以降に回すことにしよう。
 
 駅前から市電に乗って市庁舎に向かうが、どうも路線図と行き先が合わないのでは?と疑問に思いつつも、トラムに乗ると運転手さんが市庁舎は1つ目の停留所で乗り換えだと教えてくれた。
 次の停留所で10分ほど待ってやっと市庁舎方面に向かう12系統の市電が到着。
 乗ってしまえば5分程度で、市庁舎前に到着だ。

 早速ビィグドィ行きのフェリー乗り場を探すが、思ったより小さなボートだったため、乗り場がわからずウロウロしてしまう。
 やっと見つけた乗り場では、フェリーの運行が8時45分からなのでまたここで30分ほど待つこととなる。

 まあほとんどの博物館が10時の開館なのに対して、ビィグドイのバイキング線博物館は9時からなので、ここを最初に見ると効率が良いようだ。
 フェリーは予定通り出向するが、小さい湾内のため乗船時間は正味10分強だろう。
 港には日本では見かけない形の漁船が停泊しており見ていて飽きない。
 
 フェリーには10人程度しか客がおらず、最初のビィグドイで降りたのは我々の他に中国人らしき人の3人だけだ。
 バイキング博物館まではここから少し歩くが、周りは高級住宅街と言った趣で、なかなか良い雰囲気である。
 フェリー乗り場から坂道を歩くこと10分で無事バイキング博物館に到着するが、もうすでに気温が上がってきているようで汗だくだ。

 パスを見せて中にはいると、800年代に使用されたと思われるバイキングの女王の船、オーセバルク船と900年代のゴークスタット船が鎮座している。
 1000年以上前の船だが、竜骨(キール)が採用されており、その造船技術に恐れ入る。
 日本だったら鎌倉時代の頃だが、そのころの日本の船ではこのような技術は当然あるはずもないか。

 船の美しさに感心しながら、しばらく見学したのち次の目的地に向かうべく表に出るとまたもやTVクルーと遭遇する。
 朝一番に開館するのはここだから、行動パターンがどうしても似通ってしまうのかもしれないが、正直また会うとは思わなかった。
 そもそもコペンハーゲン、ストックホルム、オスロと示し合わせたわけでもないのたびたび遭遇するのがちょっと信じられない。
 バイキング博物館を後にすると、次はノルウェー民族博物館に向かう。
 ここは古い建物を集めたテーマパークの様な場所だが、お目当てはゴールという町にあった1200年に建てられた木像教会である。
 バイキング博物館から歩いて10分ほどで無事到着だが、時間はまだ10時前だ。
 まだ開いていないかと思ったが中に入れるようだ、ただ民族衣装を着たスタッフの方は完全に配置に付いていないようだ。
 建物の内部は見られるところもあるが、入れるのは一部の様で大部分の窓からを中をのぞき込むだけで終わってしまう。

 敷地の中をブラブラ歩いていると、お目当ての教会にやっと到着した。
 教会なのに魔よけの龍の飾りが屋根に付いている辺り、キリスト教と土着の宗教が融合している途上なのではないかと思われる。

 内部の祭壇には「最後の晩餐」らしきレリーフがあるのだが、余り鮮明では無いため良くはわからなかった。
 内部の装飾は退色しているらしく、鮮やかさは見られないがなかなか素朴な感じて好感が持てる。
 ただ教会にしては内部がずいぶんと狭いようで、大勢は入れないようだ。 

 目当ての物が見れたので、博物館のカフェで休憩して次の目的地に向かうことにしよう。
 フェリー乗り場に戻り、次の停泊地にに向かうが、船に乗っているのは5分もない。
 フェリー乗り場自体は直線距離で300mほどなのだが、途中にある入り江が深いため歩いていったらものすごい遠回りになってしまう。
 次の目的地はフラム号博物館で、アムンゼンが南極探検の際に使用した船を展示している。
 ここは解説に日本語が有るので、内容もよくわかる。
 よくよく読んでみたら、この船は北極探検が目的で建造されており、北極の氷の中に3年間閉じこめられながら、極地の観測を行っていたようだ。
 さらに氷に閉じこめられても押しつぶされることなく、氷の上にせり上がるよう特殊な造形しているのが興味深いが、狭い博物館に結構大きな船が入れられているため、船全景の写真は撮れないな。
 説明や船内の見学が可能であったことから、ゆっくりと見て回るが、この船に乗り込んで3年以上も航海していた科学者や乗組員の忍耐強さには脱帽だ。

 フラム号博物館を後にすると他にはコンチキ号博物館と海洋博物館があるのだが、こちらには興味がないので素通りすることにする。
 妻の方はどのような基準で選んでいるのか理解に苦しんだようだが、元々船自体にはさして興味はなく、極地探検をしたアムンゼンがらみで見学したかったのでフラム号博物館にだけ寄ったのだ。

 再度フェリー乗り場に戻ると先ほど乗ったフェリーがまたやってきて、乗組員に「カムバック」と言われて笑ってしまう。 
 市庁舎前の広場でフェリーを降りると、そろそろお昼過ぎと言うことで、港に面したレストラン街で昼食となるが、どこの店も結構なお値段で、なかなか店が決められない。
 やっと納得できる値段の店があったので、本日のランチを注文すると、エビとベーコンのベイクドポテトであった。
 
 食事も済んでお腹もふくれたことから、港の外れにあるアーケシュフース城を覗いてみることにしよう。
 お城の裏手には客船が停泊しているが、丘の上に有る城に行ってもまだ船の方が高いのには恐れ入ってしまう。
 こんな大きな船なら揺れそうもないので船旅も良いかもしれないが、海しか見れないのでは正直飽きてしまいそうな気もする。

 城の内部は石造りのためひんやりしていて気持ちがよい。
 9回も包囲されながら陥落しなかった堅固な城だが、お城と言うより要塞に近いのだろう。
 内部のホールなどなかなか雰囲気が良く、ゆっくりと見学をしていく。

 お城から出て外のベンチでこの後の行動を考えてら、二人連れ日本人の奥様方にここはどこかと質問された。
 一応ガイドブックを持っているようなのに、変な質問をするなと思っていたら、駅前の大聖堂に行くつもりが、ここに来てしまったようだ。
 ずいぶん豪快な迷子のようだが、大聖堂は修復工事中で閉鎖されているし、外側も足場で囲われているから気が付かなかったのだろう。
 現在地を教える納得したようで、駅の方向に戻っていった。
 門の外に出ると、今も王室の行事に使う施設のため衛兵が警備を行っているがなかなか制服が格好良い。
 ただ帽子に付いている羽根飾りは一寸邪魔そうな感じがするなぁ。
 お城を後にすると、再度市庁舎前広場に戻るが、途中の公園の芝生では水着で日光浴をしている人が多い。
 ただ、こちらは暑さにだいぶやられ気味で日陰を探しながら歩いていくのはいつものことだ。

  市庁舎にはすぐ到着し、港側の入口から入ろうとしたら底は裏口だったようで反対側に向かうよう案内される。
 正面に周り、内部に入るといきなりノーベル平和賞の授賞式に使用されるホールのようだ。
 ノーベル平和賞だけなぜここなのかはよくわからないが、そもそもノーベル賞の設置理由が科学技術の貢献に寄与した人に与えられるはずなのに何で平和賞が出来たのか疑問だ。
 ホール以外に見るところはと思ったが、他を見るにはガイドツアーでないとダメらしい。
 別に特に興味もないことからホールを覗いた後はホテルに向かうことにしよう。

 駅にむかう市電はここから北に2ブロック行ったところを通っているのでブラブラ歩いて市電乗り場を探すことにしよう。
 市電が通っている通りには難なく出られたが近くに停留所がない様子。
 とりあえず大きな公園があるので日陰のベンチでしばらく休憩するが、先ほどアーケシュフース城で道を聞かれた奥様方も近くで休憩しているようだ。

 しばらく線路沿いに歩いて停留所を発見。
 やってきた13系統の市電で駅に戻るが、駅の近辺は市電の線路をひっぺがして色々工事をしているようだ。
 とりあえず荷物を引き出しホテルに向かうことにしよう。
 さてホテルに向かうのは11、17、18系統の市電だが駅の真ん前を通っているのは18系統の様だ。
 やってきた18系統の市電に乗ろうとすると運転手さんがなにやら言っている。
 どうもここが終点らしいのだが断片的に得られた情報をつないでいくと駅前の工事で市電の運行系統が変わっているらしい。
 パスと一緒にもらった案内には何もか書かれていなかったのでわからなかったが、18系統は駅前で打ちきりとなっているようだ。
 仕方ないので北側の11,17系統の乗り場を探すが、重い荷物を引きずって石畳を歩くのは暑さもあって結構辛い。
 何とか乗り場を見つけてやってきた市電でホテルそばの停留場に向かう。
 
 停留所でおりてホテルの位置を地図で確認していると我々が降りた市電が発車しているのに前に飛び出して無理矢理止めて乗り込もうとする輩がいる。
 運転手も派手に警笛を鳴らして威嚇するが、ドアを開けるようにバンバン扉を叩いており停留所にいた人たちみんなが凍り付く。
 結局運転手は無視して走り去ってしまうが、気の荒いやつも結構多いのか?と関わりにならないようにさっさとホテルの方に向かって歩き出すことにする。

 ホテルはすぐに見つかったが、今までのホテルとはだいぶ様子が異なる。
 と言うのも本当はオスロで2泊したかったのだが、見本市があるらしくどこもホテルが空いておらず、何とか1泊だけ押さえたのは高級ホテルのブリストルで格式が高そうなレセプションに精神的に一歩後退してしまう。
 チェックインはすぐに終わり部屋にはいるとこれまでとは違いずいぶん広く、居心地が良さそうだ。
 暑くて汗だくだったのでさっさと風呂に入るが、これまではシャワーしかなかったのにやっとバスタブ付きに巡り会えた。
 しばらくお湯につかって足の疲労を取るべく珍しく長風呂をするが、妻は中で寝こけてしまったのではないかと心配したようだ。
 風呂に入ってさっぱりしたが部屋の中にいるのはもったいないので一人で1ブロック先のカールヨハン通りの公園まで夕涼みに出かける。
 しばらく日陰のベンチでぼけーっとしていたが、通の奥の方からパレードの一団が進んでくる。
 全員戦闘服に身を包み陸軍の行進かと思ったら、なぜか銃の代わりにギターを持っている。
 何のパレードが理解に苦しむが、これはこれでおもしろそうだ。
 一団が通り過ぎた後からもまた別のパレードがくるがこちらは普通の軍楽隊のようだ。
 パレードが多いが、今日は何かのお祭りなのかと疑問に思いつつホテルに戻る。

 さて夕食はどうするかと思ったが、先ほど散歩に出たときにケバブ屋を見つけていたのでいつもと同じだと思いつつ、そこでケバブを買って先ほどの公園のベンチで夕食だ。
 高級ホテルに泊まっても食事はいつもと一緒なのが泣けてくる。

 後はホテル戻るが昨日の夜行列車の疲れが出たのか早めに休むことにする。
 しかし外が明るいのに眠るのは相変わらず違和感が有りまくりだ。