12月31日 エボラ観光

           
 本日の起床は9時過ぎ、昨日までの移動日程の疲れが出たのか、結構寝坊してしまったようだ。
今晩の宿は決まっていないので、空いていないようなら午後の列車でリスボンに行くことにしよう。
とりあえず食事を済ませ、チェックアウトしてから荷物をフロントで預かってもらいも市内観光に向かう。
今後の作戦としては観光しながらホテルを見つけるたびに聞いてみることにしよう。まあ最初は観光案内所で聞いてみるのが基本と思ったが、行ってみたら閉鎖されていた。いきなり出鼻をくじかれたがしょうがないか。
その後も町外れのホテルなど聞いてみたがどこも一杯のようだ。いつまでもホテルを探していたら肝心の観光ができそうも無いのでさっさと見切りを付けて観光に専念することにしよう。

 まず最初は天正少年使節団も寄ったというエボラの大聖堂にディアナ神殿と観光するが、どうも時間の関係で急ぎ足でいう感じになってしまう。
と言うのもここを発つ列車は14時過ぎなので実質的には2時間ちょっとしか観光できないせいでどうしてもさらっと流すしかないのだ。
           
 とりあえず有名どころを押さえておく必要が有るので、サン・フランシスコ教会の人骨堂に急いでいくことにしよう。
ここは修道僧の精神修養の場として使われた場所で建物の壁や柱一面が人骨でびっしりと覆われているが、人骨もあんまり大量に有ると別に気持ち悪いと言うほどではなくなってしまう。
やっぱりこういうのは1体だけ有った方が不気味に思えるのだが、不気味さも大安売りとなってしまうと「ふーんこんなものか」と大して気にもとめなくなってしまうようだ。
もっとも後から来た女性は相当気味悪がっていたようなので、個人差がだいぶ有るとは思うが、、、、
でも自分が死んだ後でこんなところで骨をさらして過ごす事になるのは願い下げだ。

           
 サン・フランシスコ教会を後にすると、もうあまり時間は残っていないようなので、後は町外れの水道橋を見に行く程度しか時間が残されていないようだ。
 やっぱりちょっと不完全燃焼といった感じが否めない、当初の予定では1日掛けて見て回る予定だったんだが。
13時前にホテルに戻って荷物を受け取り、ジラルド広場からタクシーで駅に向かうが、タクシー乗り場も結構な人数で待っている上、観光客が集まってきているのか、渋滞がひどくてなかなかタクシーがやってこない。
結局20分ほどの待ち時間で無事タクシーをゲットとして駅に向かうが、鉄道の駅に行ってくれと言うのにしつこくバスターミナルか?と聞いてくる。
何とか英語、ポルトガル語の単語をいくつも並べてやっと理解してもらって駅に向かうが、私の発音はそんなに悪いのだろうか?とちょっと落ち込む。

 13時30分頃に無事駅に到着し、14時過ぎの列車で昨日と逆のルートでリスボンを目指す。
本来なら明日以前に寄ったエルバス経由でリスボンに向かい、エルバス〜リスボン間の未乗車区間を繋げてネットワークを作りあげる予定で有ったが予定が狂ったな。
もっともどうせ明日は元旦でどこもやっていなだろうから、そのためだけにエルバスに行っても良いかもしれない。その辺は時間が有るからゆっくり考える事にしよう。

 昨日と同じ機関車が客車1両を牽いた列車でカサブランカに向かい、バレイロ行きの急行に乗り換える。
昨日はガラガラだったので今日は2等にしていたが結構車内は一杯のようだ。
一応座席予約していたので問題無く座れたが、もともとポルトガルの鉄道料金は嘘のように安いので一等車にして置いても良かったかな。

列車はほぼ定刻の運行でバレイロ駅に到着し、昨日に引き続きフェリーの甲板で景色を眺めていると、現地のアントニオというお爺さんと知り合いになり結構話が弾んだ。
ただ、英語とポルトガル語の会話なので、内容にかなりの食い違いが発生していた模様で、何度も日本人だと行っても最後まででロシア人と勘違いされていたようだ。以前はイエメン人に間違えられたし、そんなに私は東洋人ぽく無いのだろうか?
最後に写真を撮らせてもらうと、ちょっと気取ってポーズを取ってくれた。
爺様と握手で別れるが、以前は結構現地の人と話すのが気恥ずかしかったが、だんだん場数をを踏むと楽しくなってくるようだ。
もっとも旅先で相手してくれるのは老人ばかりで若い人と話す事はあんまりないな。
同年代の人間だとつい警戒心が先に出てしまうのでうまくいかないのかもしれないが、、、

 リスボンに到着しても今晩の宿はまだ確定したわけでは無いので、明日から3泊の予約を入れているバイシャのインスラーナに向かう事にする。
ここの利用も3度目だが、相変わらずアクセスの良さは際だっている。
祈る気持ちでレセプションに行くとどうやら今夜はガラガラの様で、予約帳を見せられたが、2組しか泊まっていないようだ。
問題なく3泊の予約を4泊に変更してもらい、部屋に向かうと去年泊まったのと同じ部屋であった。
           
とりあえず部屋でしばらく休憩してから8時過ぎに食事に出かける。
この宿の周囲のバイシャ地区は非常にレストランが多く、選択肢が多くて便利だが、大晦日のせいかあんまりやっているところが無いようだ。
どの店も開いている所は繁盛しているようで、席の空いているレストランを見つけるのも一苦労だが、どうにか席を確保すると、鳥とバスタのスープとアサリの豚肉の炒め物で夕飯にする。
食後はいつもの如くコーヒーで締めて、夜のリスボンに繰り出すことにしよう。
コメルシオ広場でイベントの用意かされていようなので、年越しはそこで行う事として、まず最初はいつものグロリア線脇のサン・ペドロ・アルカンタラ展望台に向かう。
いつもリスボンに来ると必ず寄る定番の場所だが、どうもさっきから小雨が降り始めたようだ。
あんまり長居してもしょうがないので、少し早いがコメルシオ広場に移動する事にしよう。
           
 コメルシオ広場にもだんだん人が集まり出し、特設ステージや屋台が出ていて結構にぎわっているが、10時過ぎから本格的な雨が降り始めてしまった。
 広場外周部の建物の下で、雨宿りして時間を過ごすがちゃんとイベントが行われるのかちょっと心配になってきた。
問題の雨も10時30分頃にはやんで、11時前より特設ステージでニューイヤーコンサートも始まった。
ポルトガルでは結構有名どころのギタリストによる演奏らしいのだが、どこの誰やらさっぱり分からない。
もっとも周りはだんだんテンションが上がっていって熱狂的になってくるのは良いが、どうもシャパンの瓶を持っているのが周りに増えたようだ。
掛けられては大変と場所を移動してあまり回りで酒瓶を持っていない人たちのエリアに移動する。
こんなところで引っかけられたら後が大変だよ。
12時前にコンサートも終わり、ユーロへの切り替えの案内の様な事がしばらく流れた後いきなりカウントダウン開始、新年と同時に花火が打ち上げられるが、やはり先ほどいた場所ではシャンパンが飛び交っていたようだ。
しばらくは音楽に合わせて花火が打ち上げられていたが、日本の様に単発であげられるのでは無く、音楽に合わせて演出されているため、もの凄く華麗に見える。
約5分間の花火のショー見とれていたが、終わってしまうと周囲の人も引き上げ始めたのでこちらもホテルに帰る事にしよう。
途中のATMでは長蛇の列でユーロを手に入れようとする人々でにぎわっていた。
さて明日については、早起きしてスペイン国境の街バダホスまで行くことにしよう。
ここで繋げておかないと、スペイン内の乗車区間が離れ小島になってしまう。